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東京高等裁判所 昭和63年(行ス)6号 決定

抗告人

新野義廣

右代理人弁護士

山田至

園田峯生

相手方

文化庁長官

大崎仁

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状(以下「本件抗告状」という。)写し記載のとおりである。

二よって判断するに、当裁判所もまた、抗告人の本件執行停止の申立てを却下すべきものと判断する。その理由は、次の三ないし五の説示を付加するほかは、原決定の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

三右に原決定理由を引用して示したように、文化財保護法(以下「法」という。)第八〇条第一項本文に規定する現状を変更する行為とは、史跡として指定された土地の現にある状況に対して物理的に変更を加える一切の行為を指すものであり、抗告人が行った本件物件の設置行為は、本件土地の現状を変更するものというべきである。右の判断と異なる本件抗告状の理由第三項の主張は、採用することができない。

四抗告人は、また、法第八〇条第一項ただし書の「維持の措置」を執る場合である旨主張するけれども、本件の全資料を精査してみてもその疎明はない(ちなみに、右「維持の措置」を執る場合については、特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物の現状変更等の許可申請等に関する規則第五条参照)。

五抗告人は、更に、本件現状回復命令(以下「本件処分」という。)には裁量権の逸脱・濫用がある旨主張し、疎明資料中には、既存の土産物店の中傷により本件処分が発せられたのではないかという趣旨を記載する投書、手紙のたぐいがあるけれども、果たして責任のある記載かどうか疑わしいので措信できず、ほかには、右の点を含め本件処分が裁量権の逸脱・濫用にわたるものとするに足りる疎明はない。

六以上のとおりであって、本件執行停止の申立てを却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主文のように決定する。

(裁判長裁判官賀集唱 裁判官安國種彦 裁判官伊藤剛)

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、被申立人が昭和六三年三月一五日付、文化庁保記第四四号をもってなした

(一)、文化財保護法(昭和二五年法律第二一四号)第八〇条第七項の規定により、史跡武田氏館跡に係る下記の構築物(別紙物件目録記載の構築物)等を昭和六三年三月二一日までに撤去し、原状に回復することを命令する。なお、この処分について不服があるときは、この処分があったことを知った日から起算して六〇日以内に文化庁長官に異議申立てをすることが出来る。

との行政処分は、本件当事者間の御庁昭和六三年(行ウ)第三〇号行政処分取消事件の判決確定に至るまで、その効力を停止する

との裁判を求める。

抗告の理由

一、抗告人が設置した申立人所有の別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という)の存する山梨県甲府市大手三丁目三七三一番の二及び同所同番の三の三の土地(以下「本件土地」という)は、本件土地の所有者が畑地として耕作していたことは原決定も認めているところである。

二、ところで、原決定は、文化財保護法八〇条一項の現状を変更する行為とは、指定に係る土地そのものの区画形質を変更することはもとより、その地上又は地中につき、そこに現に存在する物を取り除いたり、そこに新たに物を設置したりなどする行為はすべて右の現状を変更する行為に該当するものということができると判断し、その理由として、史跡は、歴史上又は学術上価値の高い遺跡等の一定の地域で重要なものにつき指定されたものであるから、指定に係る土地地域全体の状況も法の保護の対象となっていると解されるとしている。

三、(一)、ところで、史跡とは「歴史上、重大な事件や各種の施設の跡」であるが、文化財保護法八〇条一項が史跡の現状を変更する行為につき文化庁長官の許可にかからしめている法意は、史跡指定地内の埋蔵文化財を破壊し、または地下遺構などの発掘調査を困難ならしめる慮れがあるためである(奈良地方裁判所昭和四六年(行ウ)第六〇号、昭和四八年六月四日判決)。

(二)、しかしながら、抗告人が本件土地に設置した本件物件は、従来土地所有者が開墾していた田や畑の土地部分とその表面上に設置したものであり、しかも、本件物件はいつでも撤去することの容易な仮設の物件であり、且つ、期間も約一一ケ月間という短期間のものにすぎないから、史跡指定地内の埋蔵文化財を破壊するものではないし、地下遺構などの発掘調査を困難ならしめるものでない。

従って、文化財保護法八〇条一項の法意に照らし、本件物件は同項にいう史跡を変更する行為に該当しないものというべきである。

(三)、①、原決定は、指定に係る土地地域全体の状況も法の保護の対象となっている旨判断しているが、遺跡(史跡)が遺跡としてそのまま発掘され、その形状が残されることになれば遺跡の学術価値は充分に保護維持されることになるのであるから、遺跡が破壊されることなく、発掘調査が可能であれば文化財保護法の趣旨は全うされるというべきである。本件で問題となっているのは、文化財保護法八〇条一項の「名勝」ではなく、「史跡」である。「名勝」の現状が変更されるのであれば、土地地域全体の状況が法の保護の対象となっているというべきであるが、本件は地下に埋蔵されている遺跡であり、地上の景観ではない。

②、原決定のいう「指定に係る土地地域全体の状況が法の保護の対象」であれば、近隣に建設されている鉄筋コンクリート建物その他の建築物、道路等、抗告人の本件物件と比較すればはるかに大規模な建造物は、現状を変更するものとして撤去されなければならない。

③、原決定は「史跡」と「名勝」を混同した判断といわなければならない。

(四)、また、原決定は、法八〇条一項の現状を変更する行為とは、史跡として指定された土地の現にある状況に対して物理的に変更を加える一切の行為を指すものであり、必ずしも地下遺構等自体に対する影響との間の個別的具体的な因果関係を要するものではないというべきであると判断している。右は大阪高等裁判所(行コ)第一五号、昭和四九年九月一一日判決を念頭に置かれた判断と考えられるが、同判決においては、一方において、遺跡と全然無関係の場合は格別であるとも判断している。

しかるに、抗告人の本件物件は従来、土地所有者が耕作していた土砂部分とその表面に設置された物件であり、遺跡とは全然無関係の部分に設置されているのであり、むしろ、設置行為と遺跡との間には個別的、具体的な因果関係がない場合であるから、現状を変更する行為に該当しないものというべきである。

四、(一)、抗告人の本件物件が、文化財保護法八〇条一項にいう「現状を変更する行為」に該当するとしても、抗告人は、同項但書の「維持の措置を執っている」から、文化庁長官の許可を受ける必要のない場合である。

(二)、同項で「維持の措置が執られている場合」文化庁長官の許可を要しないものとしている法意は、遺跡を破壊しない措置、もしくは、遺跡の発掘調査が可能な措置を執っている場合は、遺跡がそのまま保存され、遺跡の学術的価値が損なわれることがないことによるものである。

従って、「維持の措置が執られている場合」とは、遺跡を破壊しない措置、もしくは、発掘調査が可能な措置を執っている場合と定義される。

(三)、ところで、抗告人は既述のとおり、本件物件を従来土地所有者が開墾していた土地部分に五〇cm乃至二〇cmの深さにパイプを打ち、土砂部分の表面上に設置しており、しかも、本件物件は仮設のものであって容易に撤去することの出来るものであり、設置期間も一一ケ月間という短期の臨時的な設置方法を執っているものであるから、抗告人は文化財保護法八〇条一項但書の「現状変更について維持の措置を執る場合」に該当するものであり、抗告人の行為は文化庁長官の許可を要しないものである。

五、文化庁長官のなした原状回復命令の行政処分は、裁量権の逸脱もしくは濫用した場合であるから、右行政処分は取消されるべきである。

(一)、抗告人の設置した本件物件は、前述のとおり、土地所有者が開墾した土砂部分とその表面上に、仮設の、いつでも容易に取り除くことの可能な物件であり、期間も短期間設置される物件である。

(二)、抗告人が、本件物件を設置した目的もNHKの大河ドラマ「武田信玄」に協賛し、歴史を一目で分るよう観光客に提供し、山梨県の物産を販売することにより、同県の物産を広く全国に知らせるところにあり、もって、抗告人の事業を営むことにあり、右目的は数多くの観光客と地元の方々に歓迎と好評をもって迎えられている。

(三)、一方、本件土地周辺、直近には数一〇年に亘り、また、昨年にも店舗が建設され、道路等数多くの民家が建設され、抗告人と同様のみやげ物屋が建設されて来ており、抗告人の構築物をはるかに上回る建造物が建設されているのに、これまで文化財保護法に反するとして、これが許可が認められなかったことは一度としてない。

(四)、今回、抗告人の設置した本件物件についてのみ撤去命令がなされたことの必要性、理由も無く、近隣の建物が建設された必要性、理由に比較しても撤去命令が出される理由は全くない。

(五)、文化庁の撤去命令が出された理由も、抗告人の近隣において営業をしている、みやげ物屋の中傷によるものであり、早期に撤去されなければ遺跡の保存に影響するものではない。

(六)、本件土地の所有者は数一〇年来に亘って、本件土地を深さ一m五〇cm前後に開墾しており、文化庁からその中止を求められたこともない。

(七)、文化財保護法第四条三項は、所有権その他財産権を尊重されるべきことを明記している。

(八)、史跡に指定された後、今日に至るまで五〇年に亘り、文化庁において、本件土地を含む一帯を発掘調査した実績も全くない。

六、右に述べた事情を比較較量すれば、抗告人の短期間の、仮設の本件物件についてのみ文化庁が撤去命令を出したことは、その裁量権を著しく逸脱し、濫用したものであるから、取り消されるべきものである。

七、以上のとおり、文化庁の撤去命令は法意に照らし、また、常識に照らし不当なものであり、慎重審議されるべき性質のものであり、抗告人はそのため本案をも提起しているところであり、これが最終的に判断されるまで、撤去命令の執行は停止されるべきである。

八、なお、抗告人が回復し難い損害を蒙ることは、執行停止申立書に述べているとおりであり、抗告人が企画した前述の目的(NHK大河ドラマ「武田信玄」に協賛し、その歴史を一目で分るよう観光客に提供し、山梨県の物産を広く全国に知らせ、且、抗告人が営業上の利益を得る目的)の達成が困難となり、抗告人の信用が失墜することになるので、原決定を取消され度く本抗告に及ぶものである。

(弁護士山田至 同園田峯生)

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